LA出張から帰ってきた僕は、早速、イヴァナの書籍「The Power of the Actor」の翻訳に取り掛かった。イヴァナ・チャバック本人から「訳していい」という口約束をもらって勢いづいてた僕は、即翻訳!!!!、しか頭になかった。

絶対にこの本は世に出る!!!

何の根拠もなく確信していた。

その想いと共に、早速、最初のページから翻訳を始めた。

ところで、このやり方、後から振り返ると、かなり無謀なやり方だったらしい。

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根拠のない自信とパワー

これは後からわかったことたが、そもそも翻訳本が出る流れとしては、今回は、かなりイレギュラーな形だったようだ。

翻訳本が世に出る流れは、通常、まず「出版社の意向」が先にある。

出版社の編集者が、日本で出したいと思う海外の書籍を探し、興味を持った書籍の「要約」を日本語翻訳してもらうなどしてまず入手する。そして、社内で編集会議を開き、その本を出版するかどうかを決める。

出版社からゴーサインが出ると、著作権エージェントを通して、日本の出版社と原書の権利者とが契約を結ぶ。

その契約がクリアして、ようやく翻訳がスタートするのだ。

出版社は、そこで初めて信頼できる翻訳者に翻訳を依頼する、という流れになっている。

僕がやった事はある意味、そのセオリーをすっ飛ばしていた。

翻訳本の出版に必要な関係者や段取りを最初から全部パスして、先に中身を翻訳するという今思えば結構、無謀な形だったとも言える。

そもそも日本の出版社が、イヴァナ・チャバックの原書「The Power of the Actor」という演技メソッドの本に興味を持ってくれる保証は、どこにもなかった。だが、この時の僕は、そんな事を考えもしなかった。

先程も書いた通り、

この本は出る!

という根拠のない自信だけで
僕は突っ走った。

今、思えば、最近、解明されてきた脳科学で言っても、正しいプロセスを踏んでいたのだ。人がなにかをクリエイトする時は、こういう流れなのだ。

自分の頭の中で、まず最初の「クリエイト」が起こる。

そして、自分の頭の中の創造物の臨場感が高ければ、タイムラグはあるものの、物質世界での「クリエイト」も必然的に起こるのだ。

この本は、まず僕の頭の中でありありとした現実として存在するようになった。

それが後に物質世界に現象化したと言える。

冷静に考えれば様々な障害があったはずだが、自分の中ではクリアに見えていたイヴァナ・チャバックの本の出版を実現すべく、僕は、自分で決めてしまった「この本は世に出る!」というアイデアに抵抗することなく、ただ、ただ、黙々と翻訳し続けた。

強烈な思いが結果を生む

それが結果につながった。

さすがにイヴァナの原書「The Power of the Actor」はボリュームがあるので、この時は、時間を決めて毎日取り組んだ。

僕のいつもの翻訳の仕事は超ランダムなのだが、この時は1日の仕事量のノルマを決め、とにかく、フルタイムに近い形で、最速で終わらせることを目指した。

他の仕事がない時は、基本9時から18時まで、ほぼ毎日、翻訳の作業を進めた。

僕の翻訳のやり方は、
最初から細かく訳さない。

全体像をまずつかんだ上で、
最後に細かい修正をする。

今、思い出しても、あの時は勢いがあった。どんどんどんどん先に進んだ。

とにかく、毎日定量をこなすことそれだけに注力した。

その結果、あの本の大枠を
約3ヶ月で訳し終えた。

初原稿の完成だ。

ワード・ファイルでかなりのボリュームになった原稿を見て、達成感もあったし、

「これは絶対行ける!」

という確信を強くした。

特に、前書きから目的のチャプターまで、読んでいて、僕自身が、ワクワクした。

イヴァナの本は、最初から、単なる演技の技術だけでなく、彼女が関わったスターとのエピソードも満載で読み物としても面白い。

また、演技を通して人生でも成功できる、という自己啓発的な要素も、この本の強みだと感じられた。

一緒にプロジェクトを進めていた泉原氏と高橋氏からも「これはいける」という
フィードバックももらっていた。

訳し終わってからようやく、出版社の事を考えた。

さあ、ここに一つ僕にとって大きな障害が存在した。

出版社に営業に回らなければいけない。

僕は、「営業」という言葉を聞いただけで、びびっていた。

イヴァナ・チャバックのところには、堂々と飛び込めたのに、日本の出版社を周ると考えただけでビビるのだから、人間は不思議なものだ(苦笑)

日本語翻訳本「イヴァナ・チャバックの演技術」出版に向けて、次のステップは、出版社営業という「障害」に立ち向かうことだった・・・