世の中は、自分が思っているほど、怖いものではない
僕が、出版契約を勝ち取るまでの経験を通して得たのは、そんな学びだった。
前にも書いたが、僕は「営業」というものについて得体の知れない恐れを抱いていた。「営業」という言葉・ラベルにネガティブな想いを一杯くっつけていた、と言えるかもしれない。
拒絶されることへの恐れ、
否定されることへの恐れ、
大したことのない自分が露呈することの恐れ、
そのほか、言葉にできない色んな恐れが自分の中にあった。
それは、もしかすると「人間」そのものに対する恐れだったのかもしれない。
イヴァナの教えでも扱う領域なので今はわかるのだが、このような恐れは、自分の潜在意識の中に潜んでいることが多い。
自分が体験したくないものが顕在意識に浮上してくると、人は無意識に、それを避けようとする。それまでの僕は、できる限り「人との折衝」を避ける傾向があった。人との摩擦を扱えない、という信念が自分の中にあった。
だから、「営業」など自分には無理だ、という信念を持って生きていた。
だが、本を世に出すためには出版社に知ってもらわなければ話は始まらない。
だから、僕の中には、営業をやらない選択肢はなかった。
心血を注ぎ込み、自分の時間を最大限投資して生み出した翻訳原稿が目の前にある時に、
「いや、俺は営業は無理だから」
とは言っていられなかった。「本を出す」というゴールがあったが故に、僕は、自分の恐れを乗り越えて立ち上がることができた。
よく考えてみると、
「ハリウッドと日本を繋げるんだ!」
というゴールを掲げ、イヴァナの所に飛び込んだのも「営業」だった。
そう考えると、明確なゴールさえあれば、人は恐怖を乗り越えられるという事を、この時、僕は実体験として学んだのだ。
始まった出版社まわりの日々
覚悟を決めた僕は、高橋一哲氏と共に、出版社にアポを入れて周り始めた。そして実際にやってみると、思っていたような恐怖体験をすることは全くなかった。
そう、案ずるがよりも、生むは易し、なのだ。
出版は僕が想像していたよりも遥かにスムーズに決まった。
出版が決まった白水社は、訪問した確か6社目だった。
それまでの営業活動でも、割と良い感覚は得られていた。どこを訪問しても、企画書と原稿に目を通してくれると、悪くないフィードバックを得ていた。
例えば、訪問した会社の中にビジネス書で有名なフォレスト出版があった。
イヴァナの書籍は、ビジネス書ではないが、一般のユーザーを狙えるのでは、という目論見があった。なので、僕自身が書籍を手に取ることが多かったフォレスト出版を、割と早いタイミングで訪れていた。
ここは、惜しかった。
担当者は、この書籍の可能性を見てとり、かなり粘って検討してくれた。結果は、やはりターゲット層が違うということで、採用には至らなかったが、僕たちは自信を深めていった。
お見合いではないが、あとは「どことマッチングするかだ」と思えた。
また、白水社に決まる前、僕たちの中で、
「ここが良いのでは?」
と思っていた出版社が一つあった。
それが、伝説的演技指導者、ウタ・ハーゲンの書籍「リスペクト・フォー・アクティング」を刊行しているフィルムアート社だ。
僕自身、この書籍を持っていたし、翻訳者であるシカ・マッケンジーさんにお会いしたこともあったので、何となくこの出版社に親しみを感じていた。
僕としては、
イヴァナの本が出るなら
「ここではないか?」
と最も可能性を高く感じていたところだ。
この出版社は、前述のウタ・ハーゲンのみならず、こちらも著名な演技講師、ステラ・アドラーの「魂の演技レッスン22」も出版している。
イヴァナ・チャバックの事を知れば、絶対に興味を持つはずだ!
そう思っていた。
僕は、大きな期待感を持ってフィルムアート社を訪問したことを覚えている。
ところが、不思議、不思議、思った通りにはならないのも世の中の面白いところだ。フィルムアート社では、受付で「今、外部からの持ち込みは受けていない」という連れない対応で、担当者と会うこともできなかったのだ。
う〜ん、
大きな期待を抱いていただけに、落胆は大きかった。
だが、僕たちはめげずに、出版社訪問を続けた。
決まる時は本当にすんなり決まるものだ、そう自分に言い聞かせた。
白水社で担当者に会う
白水社は、語学の書籍が一番有名だが、岸田國士戯曲賞を主催するなど、演劇関係の書籍にも力を入れている。
他の出版社でイヴァナ翻訳本の企画書を見せた時、白水社が良いのでは、という意見を何度かもらってもいた。
僕たちは白水社を訪れ、担当のW氏に企画書と原稿を見せた。
すると・・・
「この書籍の出版に興味がある」
と、W氏から返事がすぐに返ってきた。
そして、ついに白水社からオーケーをもらえたのだ!
やった!!!!!!!!!
こうして、書籍「イヴァナ・チャバックの演技術」はついに現実的な出版に向け、動き出すのである。
というわけで、僕があれだけ苦手意識を持っていた「営業」も、一歩踏み出してみれば、世の中はそんなに冷たいわけではなかった。
恐怖は誰にだってある。
だが、この時の体験から、
僕は断言することができる。
「明確なゴールを見つけることができれば、恐怖心に打ち勝つことができる」と。
イヴァナも言っている。
僕のこの時の小さな勝利体験が、
あなたの勇気になってくれれば、
こんな嬉しいことはない。