LA出張の最終日、僕はイヴァナの自宅に招かれ、プライベートで、イヴァナの指導を受けることになった。

さて、どんな指導なのか? 全くデータのない中、僕はドキドキしながらその時を待っていた。

何かセリフを覚えていったわけでもない

シーンが与えられたわけでもない

僕がどんな俳優なのか、イヴァナには全くデータがない


そんな中、どんな指導をするのか全く見当がつかなかった。何か身体を使ったエクササイズでもやるんだろうか?

僕はオーストラリア演劇学院では声(ボイス)専攻だったため、様々なエクササイズをやった経験がある。だが、イヴァナのスタジオを見学した時、演技エクササイズ的なものは皆無だった。

オーストラリアで徹底的に言われた身体をリラックスさせることの重要性なども、全く語られることがなかった。

いろいろな事が頭を巡の中、緊張して座っていた僕にイヴァナが渡したのは、あるモノローグだった。

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イヴァナに受けた初めての指導は

タイトルは、
I never sang for my father. 

直訳すると、

「父親のために僕は決して歌わなかった」

となる。

イヴァナに促され、このモノローグを読んだ。

That night I left my father’s house forever.

あの夜、僕は永遠に、父の家を出た。

I took the first right, and the second left, and this time went as far as California.
最初に右に曲がり、次に左に曲がり、今回は、カリフォルニアまで行った。

Peggy and I visited him once or twice, and then he came to California to visit us,
ペギーと僕は父の元を1度か2度訪ねた。父もカリフォルニアの僕たちの所を訪れた。

and had a fever and swollen ankles, and we put him in the hospital, and he never left.
その時、熱を出し、足首が腫れた。父を病院に入れたのだが、父は生きてそこを出ることはなかった。

という感じで続く、父親がテーマのモノローグだった。

読み続けていくと、僕の中で、自分の父親に対する感情がうねりを上げて出てくるのを感じた。

こっ、これは一体・・・・・

明らかに、自分が今まで体験した演技の世界とは違う何かにアクセスしていた。

父の思い出

イヴァナは言った。

「あなたのお父さんの話を聞かせて」

僕は、不思議な感覚で、父の話を彼女にした。

僕の父は、僕が小学校5年の時に亡くなっている。

父は、その数年前に腎臓病が発覚し、仕事を休んで入退院を繰り返していた。

そんな父の死はあまりにもあっけなく訪れた。

ずっと自宅療養していた父が、今度こそ回復するために再入院した、というのが僕が母から聞いていた話だった。

ところが、急にかかってきた病院からの電話で、「容態が悪化したので、もう数日しかもたないかもしれない」

えっ?何?どういう事?話が違うじゃないか?

そんな戸惑いの中、祖父母、母と一緒に車で病院に向かったことを覚えている。病院では父は昏睡状態にあり、目を開くことがなかった。

病院で一泊はしたような気がする。

どこかの時点で、親戚から、

「もう、覚悟はしておいた方がいいみたいだ」

と言われたことも覚えている。

えっ、どういうこと?嘘でしょ?

ずっと、そんな感覚だった。

そして、病院にかけつけてから数日後、
父は二度と目を開くことはなく、
従って、最後に誰と言葉を交わすこともなく、
あっけなく、この世を去った。

僕が覚えている一番大きな感覚は、

「なんで急にいなくなるんだよっ!?」という憤りの大きさだった。

葬式の時、涙も出なかったことを覚えている。

そんな話をイヴァナにした気がする。

一通り話を聞いたイヴァナは僕に行った。

じゃあ、このモノローグを、あなたがお父さんの容態が悪化した話を聞いて、病院に向かうときのストーリーに置き換えて、自分のストーリーにして、もう一度読んでみて。

ほーーーーっ、そういう事か。

僕が代替者を初めて使った瞬間だった。

カリフォルニアの代わりに、父が亡くなった病院を入れた。

そして、僕は父に関してずっと封印していた感情をこのストーリーの中に入れ込んで語ることができる、という衝撃的な事実に気づいた。

僕自身のストーリーとして語っていると、目の前でうなずきながら聞いてくれているイヴァナの目に涙が溜まってくるのが見えた。

ああ、伝わるんだ・・・そんな風に・・・

感動して聞いてくれているんだ・・・

不思議な感覚だった。

演技をした、という感覚ではなかった。

これが、イヴァナの演技術なんだ・・・

心の中がなんとも言えない、
ザワザワとした感じがした。

モノローグを語り終えて放心状態の僕に、
イヴァナは言った。

あなたを見た瞬間、父親がテーマだろうなって思ったの。だからこのモノローグを選んだのよ

!!!!!!!!!

またしても衝撃だった!!!!

そんな事がわかるのか????

これで僕は完璧にイヴァナ・マジックにハマっていた。こんな体験をしてしまった今、俺がやるしかない!

そんな気になっていた。

この体験を胸に、僕は翌日、日本への機上の人となっていた。

ここから、怒涛の翻訳の日々が始まる・・・